古民家つぐみ 旧村田製瓦店オーナー 村田麻実 さん
古民家宿の運営と、地域に寄り添う活動を広げ、懐かしさに包まれた暮らしをしています。
おとなしいのに、不思議と一歩を踏み出している。そんな自分の性格に導かれるように、神奈川から京都・亀岡へ移り住み、たどり着いたのは、祖父母の家を古民家宿として受け継ぐことでした。地域に根ざしながら、人を迎え、暮らしの可能性をひらいていく日々。その背景には、「好き」を大切に選び続けてきた歩みがありました。
おとなしいのに、物怖じせず飛び込んでしまう性格
ー神奈川県厚木市から亀岡市への移住
大学卒業までは厚木市に住んでいました。受験や部活動で忙しくなるまでは、お盆やお正月になると毎年、両親の実家がある亀岡へ帰省していました。そのため、亀岡は私にとって縁のある土地です。やがて祖父母の介護が必要になったことをきっかけに、私が大学を卒業するタイミングで、両親は亀岡へ戻ることを決めました。実家が京都へ移ることになり、「これからどこに住むのも自由だな」と思ったとき、以前から憧れていた京都で暮らしてみたいという気持ちが芽生え、私も一緒に引っ越してきました。
厚木市も亀岡市も、山や川、田んぼが豊かで長閑な景色、国道が通っていたり、電車で少し出れば栄えた町に出れたりする点はとても似ていて、引っ越してきてあまり違和感はありませんでした。亀岡に来て違いを思うのは、夏の蒸し暑さと冬の寒さが身体に堪えること、知らないひと同士でも会話が生まれやすいことです。

(真ん中の建物の中学校に通っていて、とても自然豊かでした)
ー好きなことを仕事にしたい、を貫いてきた
大学生の頃、魚に会いに行きたくてダイビングを始めました。同年代もいない、職業もバラバラ、共通点は海や魚、潜ることが好きというだけで、その大人の空間にいること、話を聞くことは、学校やアルバイトの枠しか知らなかったわたしからすると新鮮でした。そこに集うひとたちは、楽しむことが上手で、楽しませてくれる元気な大人たちで、こんな大人になりたいと思いました。
とても優秀な方がIT企業を辞めて、ダイビングのインストラクターになるために講習を受けていて、やがて沖縄でインスタラクターをします。と連絡を受けたとき、趣味だけでなく仕事を選ぶ基準も、好きなことにまっしぐらでいいんだという考え方を知りました。
就職活動が始まる頃、同じようなスーツ、髪型、メイク、面接の模範解答、なぜ個性を消す必要があるんだろうと疑問に感じ始めました。まわりは公務員や有名企業、大手企業などに応募する中、わたしはあまり前向きになれませんでした。働きたくないわけではないし、むしろ社会の役に立つために働きたいと思うのに、その選考のされ方に納得がいかず、就活サイトに載っていない、個性を認めてくれそうな企業を探しました。
ダイビングで出会った方の影響を受けて、「好きなことを仕事にしたい」という想いが強く、趣味として続けていた写真や大学のカメラ部での経験を伸ばしたいと、婚礼カメラマンのアシスタントとして働き始めました。
その後は、大学時代に世界規模の環境問題や食の危険性について学ぶ中で、未来を良くする選択肢のひとつとしてフェアトレードが紹介されていたこと、民族的な刺繍が施された服が好きで、染めや織といった手仕事にも興味があったことから、そういった商品を扱うフェアトレードショップの会社に勤め、店舗運営まで任せていただくようになりました。
環境問題にも出来るだけ貢献していたショップは、アパレルストア部門でゼロ・ウェイスト認証されたお店だったので、ごみを減らすこと、無くすことへの勉強にもなりましたし、商品には作り手たちの暮らしや文化、素材や技法、どのアイテムにも丁寧な物語が詰まっていて、ひとつのものの背景にあるさまざまな過程を知り、お客様に伝える経験は、独立した今の活動にも繋がっていると感じています。ここで働くことは学びも多く楽しかったですが、空き家になったおばあちゃん家が気になって仕方ないのでした。
おばあちゃん家から古民家宿になるまで
ーどんどん興味を惹きつけられていく ”おばあちゃん家”
古着や着物、寺社仏閣、古道具、民藝品など古くからある、手仕事溢れるものを好むようになっていたわたしは、当然古民家も好きになっていました。しばらく祖父母の家に帰省出来ていませんでしたが、自然素材が長年持つ素晴らしさや、手で作ることの大変さ、ありがたみがわかるようになって、久々に訪れると、幼い頃とはまるで違って見えて、宝庫のようでした。
ー建物を活かすことに、難題の多かった道のり
祖父母は相次いで老衰し、空き家になりました。前からこの家は誰も住まなくなったらどうなるんだろう、と心配しつつも他人事だったことが、「なんとかしなきゃ」と自分事に変わっていました。とにかく物が多かったので、遺品整理や掃除をしに、仕事が休みの日に通い、ときには地域の空き家相談会に行き、空いた畑では野菜を育て、この場所でなにが出来るのかを模索しました。
企業から一棟貸に使わせて欲しいとオファーがかかったり、コロナ禍で白紙になったり、自身で運営を意気込むも、申請地は市街化調整区域・第一種低層地域・農家住宅で基本的に営業活動が出来ない地域だと判明し、泣きじゃくったり。出来ないと言われているのに、出来ると信じてどのような形態であれば活かすことができるのか、営業していいのか、調べてしらべて、それぞれの管轄へ確認や依頼の往復に苦労しました。
ー古民家宿として認められた
古民家を活かすために考えた、溢れるほどのやりたいことを、つたない言葉で伝えて、審議してもらったり、わたしの夢のために時間をとって足を運んで現地調査にもきてもらったり、もうその時間がありがたくて、仕方なかったです。
そして祖父母の残していた資料から、亀岡市の営業してはいけない地域と定めた日程よりも以前から建物があったことが証明でき、一筋の光が見えて、「農家民宿」なら建物を最大限に活かして、日数も自由に活動出来ることがわかりました。空き家になって4年間、コロナ禍の先の見えない時期も挟みましたが、自分は何がしたいのか、何が出来るのかを擦り合わせていく、向き合うには長すぎる期間でしたが、後悔のない道を見つけられたと思っています。
古民家つぐみ 旧村田製瓦店で大事にしたいこと
ー村田製瓦店
人が集う場所にしたいという想いを、やっと形にすることが出来た古民家宿。実家に帰ってきたような懐かしさ、だれもが感じるほっとする雰囲気。今流行りの大胆なリノベーションは避け、形はなにも変えていません。長年の経年で傷んだ部分の修繕、職人さんに任すべきところ、自分でできるところを明確にし、今の形があります。
祖父の代で廃業した瓦屋。瓦の製造は、明治時代創業以来、平成8年まで4代130年続いた家業です。れんが造りの煙突窯で焼成をし、この家の一角では瓦の販売をしていました。しかし、大きな地震は瓦産業を廃業へと導きます。どんな天気からも家を守ってくれる伝統的な瓦は素晴らしく、それを造っていた祖父らの軌跡を残したい気持ちから、古民家宿の名前にも旧村田製瓦店と入れ、看板も出していますし、来られたお客様にもその歴史を伝え続けています。
ー愛おしい不便さ
たとえば古時計は毎週ゼンマイを巻かないと、時間は狂ってしまうし、木の雨戸の開け閉めは、家中のほとんどが窓なので、全てを開閉しようと思うと15分ほどはかかります。窓ガラスだって、木が痩せてしまって、ガラスと木の隙間があり、冬はとても寒いです。しかし、昔ながらのゆらめくガラスは美しく、もう職人がいなくて作れないものだから、大事にしたいし、現代の快適なガラス戸には変えたくないんです。
自然素材ならではの現象や、愛おしい手間はなくしたくありません。世の流れや便利さに抗いながら、これからもありのままの古民家を、長生きさせることがわたしの使命だと思っています。
ー記憶に残る滞在のお手伝い
田畑や川、街を囲む山々、開けた空が気持ちの良い、のどかな景色が広がります。農家民宿は、野菜の収穫、田舎道の散歩では朝霧や壮大な夕焼け、鳥や虫の観察などの農的暮らしを提供する宿です。滞在される中でお話が弾んだり、ご飯を共にすることもあり、親しんでもらえることがわたしの喜びでもあります。
予定が決まっておらず、この町を楽しみたいと思ってくださる方には、その時期の見頃のスポットやおすすめのご飯屋さん、体験などをお勧めしています。亀岡には訪れてほしい場所がたくさんあると共に、地域を活性化出来たらという思いもありますし、お客さんにも地域の方のサービス精神旺盛なところや、温かみを味わってほしい気持ちがあります。そんな取り組みは、また会いたい、話したい、帰ってきたい、行ききれなかったどこどこへ次は行きたいに繋がるのではないかなと思っています。
ー野菜はコミュニケーション
野菜を育てるのは、古民家つぐみが空き家になってから始めたことで、畑があるから使わないともったいない気持ちや、神戸布引ハーブ園で見た珍しい野菜の美しさ、ハーブと混植されたポタジェガーデンに魅了され、”かわいい畑”を作りたいと思ったのがきっかけでした。混植することで虫除けになったり、成長する上で助け合ったり、そういった関係が海の世界で知った共生関係に似ていて、どんどんはまっていきました。

(神戸布引ハーブ園のポタジェガーデン)
単純に成長を観察するのも楽しいし、手をかけて畑で採れた野菜を食べるのは生き物へのありがたみが増します。出会ったひとにあげるととても喜んでくれて、どのように調理したとかどんな味だったと報告してくれるのが嬉しいので、どんどんいろんな野菜に挑戦しています。
そんな趣味が農家民宿では役立ち、開業の条件にあてはまったこと、収穫体験を提供できるようにもなりましたし、その野菜を使って料理を作ることも出来ます。まわりには農家さんがたくさんいて、野菜をキーワードにお互い知り合いでなくても話かけてくれ、アドバイスをもらったり、野菜を譲ってもらったりもします。野菜は心を開くコミュニケーションのようなものであり、人を喜ばせることも出来る素晴らしいツールな気がしています。
ー地域で愛される工夫
宿となると、なかなか亀岡にお住まいの方は利用されません。カフェだったら行くのに、という声も多いのですが、そうなると50㎡までの面積しか使えず、建物を十分に活かせないのです。今の形態のまま、地域の方にも愛される場所でありたいので、不定期でワークショップや教室、日用品の販売などを行い、場を開いています。
なぜ、こう思うようになったかというと、地域住民の理解あって宿が運営できていることへの感謝もありますし、先祖のお友達や知り合い、お世話になっていた業者さんに出会っては、昔この家に来たことがあってね、とか、お葬式で寄せてもらったことがあってね、と懐かしく振り返って話を聞かせてくれるのです。
そうやって、今、この地域で暮らす方々にも、この家での思い出が紡がれることが、今後の未来にも続いてほしいなぁという気持ちがあるからです。
足を踏み入れることでなにがいいのかを感じ、人柄を知って応援してくれる。泊まる場所を探してる人がいたらおすすめするね、とか自分の言葉でSNSで発信してくれることもあり、ありがたいし、また別のかたちで恩返ししたくなるのです。
ーなんでも挑戦してみる
どこかで雇われて働くとなると、例えばweb、経理、開発、接客などなにかの担当につき、専門外は業者さんに委託してというのが一般的だと思います。わたしの場合、サイト関連の開設、運営、写真撮影、掃除、食事の準備、シーツ類の洗濯、滞在中の接客、作物の管理、庭の剪定、草引き、畦や畑の草刈り、雨樋の掃除、害獣対策や後片付けなどやることは多岐にあります。経費がかかるのを抑えたいのもありますし、まずは手探りで自分でやってみると案外出来ることが多いし、出来ることが増える楽しみにも繋がります。

(雨樋の穴あきを修復しているところ)
古民家宿以外の敷地もたくさんあるため、宿泊がなくても外回りのことでやることは山積みです。特に夏場の畑や畦道はすぐに雑草が伸びてしまって、毎日草刈りに追われ出すと、「草刈りの労力にだれもお給料を払ってくれない、、」なんて惨めになる時もあります。でも、訪れた方が、周りの景観や、庭の手入れが行き届いていること、宿の清潔感、大事に古い物が保たれていること、それが感動に繋がっていて、たくさんの褒め言葉を与えてくれます。地域の方も同じで、よう頑張ってるなぁ。ほんまえらいわー!って言ってくれるんです。その一言に救われたり、なんだかうるうるするときすらあります。
全てを把握したいし、全てをわかっているからこそ、ふとした質問にも答えられます。自分の手で行うからこそ気づきがあって、触れたら様々な箇所に愛着が増して、詳しくなります。すべてをこなすのは大変ですが、結局は自分のためになっていて、そうやって大変な作業をしながらも、古民家つぐみの好きなところやクセ、季節の変化などを見つけて、暮らしを楽しんでいます。
点が線で繋がった今
ー現在の暮らし・働き方
古民家つぐみでの農家民宿を運営する他、やっぱり写真が好きで、亀岡限定で家族写真や物撮りなどの撮影も、カメラマンとして依頼を受けてはお撮りしています。また、パン屋さんの営業時間内に販売しきれなかった廃棄前のパンを買い取って、お得なセットにして販売するフードレスキューの活動をする共同代表やイベント運営もしています。この、かめおか里山ネットワークでは事務局としてSNSの運営や、地域の方に取材し記事を作成しています。
思い返せば大学の社会学部では、社会全体の分野をまんべんなく学ぶことで、当時はどんな道に進んだら、何を仕事にしたらいいのかわからなかった時期から、就職、転職、それから独立。様々な選択をして、一見あちこち方向が違うようにも思えるけれど、学んできた地域やコミュニティを作ること、写真を撮ること、ものづくりの背景に想いを馳せること、言葉を選んで伝えること、ものでも食品でも工夫次第で廃棄を抑えられること、絡み合いながら全てが役立っている今があります。
ー亀岡の好きなところに案内する楽しみ
生まれ育ったわけでもない亀岡が、10年近く住んでみて、今は地元のような存在です。一番好きなのは、自然をたくさん感じられるところ。どこにいても山が見えるし、太陽も月も山から出て山に帰る。地形や水分量の影響か、夏の夕焼けが燃えるように壮大です。そして動物も昆虫もいろいろ!足跡や鳴き声を手がかりになにが近くにいるのかを調べるのは楽しく、レアな生き物が亀岡には普通にいたりします。
桜や紅葉の名所は、市内だったら混雑するであろうに、だいたい空いていて、ゆっくり見ることができます。個人店も多く、温かみのある店主さんやサービスなのでまた誰かに教えたい気持ちになります。
そんなこんなで宿泊のお客さんもそうですが、知り合いや友達も、亀岡にきてもらっては、様々な場所を案内しています。「亀岡っていいところだね。また来たい!」と言ってもらえると自分の任務を果たせたような気がして嬉しく思うのです。かめおか里山ネットワークではInstagramやFacebookの投稿を担当しています。まさに、亀岡の好きなところを紹介したいわたしにはぴったりの役割をいただいています。ぜひ亀岡を知るきっかけにご覧ください。
村田麻実さんの歩み(主な経歴)
神奈川県厚木市出身。 法政大学社会学部社会学科コミュニティデザイン専攻を卒業。在学中はカメラ部とアカペラサークルに所属。就職を機に2015年、亀岡市へ移住。株式会社AVE STUDIO materialsで婚礼カメラマンのアシスタントを務めた後、有限会社シサム工房のフェアトレードショップにて販売や店舗運営を務める。2023年、農家民宿「古民家つぐみ 旧村田製瓦店」を開業。現在は亀岡地域限定のカメラマンとして活動するほか、廃棄パンをレスキュー販売する「パン夜市めぐる」の共同代表を務める。 また、かめおか里山ネットワーク事務局として、SNS運営や取材、記事作成の担当。趣味はダイビング、生き物観察、作物を育てること、。